2023年10月24日

研修医マッチング体験記

「佐渡って島だよね?」

佐渡の研修医生活も気が付けば2年目の後半。マッチングの時期だ。セルフ島流しにしたのも懐かしい。

なんで佐渡にしたんだっけな。

私は都内私大医学部4年生。今日はEnglish OSCEの日。試験も終わって私達は部室でダラダラしていた。

「〇〇病院、年収1,000万らしいよ」

緩い空気の中で、同期の目黒が切り出した。

「この前の合同説明会に行ってきてさ、色々聞いてきたのよ。やっぱり地方は給料がいいみたい。でも、給料だけでハイパーだし、周りになんにもないよ。そんなところで2年も暮らしたくないなあ…」

確かにそうだ。都会育ちの私達は、お金だけのド田舎なんて行きたくない。そういえば未だ研修病院探したことなかったな。

「他に給料の良い病院ってドコだ?しらべてみよーぜ。」

ケチの小山はお金にうるさい。また始まった。

でも、お金ってやっぱり大事。

「〇〇病院は…800万。すげえ!◯◯病院は1,200万だって!俺ここにする!」

…小山は放っておいて、私も探そう。

へえー、こんな病院もあるんだ。でも遠いよなあ。…ん?

佐渡…? 佐渡って島だよね?

「ねえ見てよ、佐渡島だってさ。700万かあ。給料以外どうなのよ。」

目黒も佐渡を見つけたようだ。

「診療科は?ベッド数は?」

島なのに大体揃ってる。354ってことは…ウチの大学の関連病院くらいか。

「他に病院あんの?」

「んー、大きいのは無さそう。最後の砦じゃん!じゃあ何でも来るしクソ忙しそうだね。ナシナシ。」

口コミサイトで…『ややハイポ』。本当だったら私はアリ。

「あー、でも島が観光地だから週末は旅行みたいな感じか。」

「だけどよ、新潟だぜ。雪ヤバいっしょ。壁だよ壁。」

YouTubeで調べてみた。あれ、ぜんぜん壁なんて無いじゃん。これくらいなら…イケる気がする。意外とアリな気がしてきた。

「東京から何時間?げ、5時間だって。飛行機は…未だ飛ばなさそうだね。」

新幹線で2時間、船が…ジェットフォイルってやつが1時間くらいらしい。時間合わせれば3.5時間って感じ?本読んでればいいじゃん。全然アリ。佐渡アリ。

「さて次だ次。◯◯病院は…」

目黒と小山が他の病院を探す中、私は佐渡の生活を調べていた。

これが佐渡との出会いだった。


「研修くらい遠くへ行け。」

医学部5年生の7月。外科で実習している私は今、術野に立っている。

「この血管なにかわかる?」

執刀医は教授の川崎先生だ。ちょっと恐いけど、慣れてきて父親みたいな存在でもある。

「そういえば、そろそろ研修先考える頃じゃない?研修どうするの?」

去年の部室での会話以降、進級試験であっぷあっぷの私は何も考えていなかった。

あ、でも佐渡は少し気になってたっけ。そう答えた。

「おー佐渡か。いいんじゃないか?研修くらい遠くへ行け。」

「そうですよね教授。僕も地方でしたし、研修医は最後のモラトリアムだぞお。」

助手の鹿島田先生は、研修医時代に彼女をほったらかしにして遊びまくっていたらしい。

実際3年目以降大変そうだもんなあ。好きなところへ行けるのも今のうちかな。

「見学は行ったか?そろそろ夏休みだろ?」

「気楽に行ってこいよ。寿司でも食ってきな。」

どこも未だ行っていない…そろそろ皆行く頃なのかなあ。実習終わったら調べてみよう。

「はい、お疲れ様でした。退室したら夕回診いくぞ。」

交通費は…新潟県が出してくれるんだ。

鹿島田先生も言っていたし、とりあえずメールしてみよう。

『見学希望の科をお知らせください。

また、見学の際は宿舎を利用されますか?(無料です)』

正直大変ありがたい。ホテルを自分でとる病院が殆どだと思っていた。

夏休み、見学に行くことにした。それまでに見るポイントをまとめておこう。


「見ていくかい?」

今日は前泊の日。新幹線とジェットフォイルの速さには驚いた。意外とあっという間だ。

緊張と期待を胸に港へ降り立つ。

知らない民謡が流れている。たぶん島の民謡だろう。

バスでホテルに向かう。

…ICカードリーダーが無い。とりあえず整理券を取った。

どうやら現金だけらしい。両替は…集金箱についているようだ。

揺られながら車窓を眺めていると、意外と建物やお店があることに気がついた。

正直何も無いと思っていた。

「次は、佐渡総合病院、佐渡総合病院。」

ホテルは病院のすぐ近くで、朝が弱い自分にとってはありがたかった。

念のため道順を確認してホテルのレストランに入った。

ここまで来たし地元のグルメを堪能しよう。お酒は弱いけど…折角だし。

日本酒が来た。5つある酒蔵のうちの一つ。

お猪口に注いで、一口飲む。

美味しい…部活の飲み会で出てくる日本酒と全然ちがう。帰りに港で買おう。

お次は烏賊の天麩羅。佐渡の藻塩が添えてある。

サク。ぐい。

なんだこれ、烏賊の身がプリプリしている。日本酒が進む。

この組み合わせはイケナイやつだ。

その後も刺身やブリカツ丼を堪能し、部屋で心地よく眠った。

「おはようございます。こちらです。」

病院玄関で医局事務の方に会い、案内してもらった。新築ピカピカとまではいかないが、綺麗な病院だ。

「内科の金井です。よろしくお願いします。」

金井先生に説明してもらいながら院内を歩いた。島のこと、研修のこと、色々聞いて教えてもらった。

「方言はすぐ慣れるよ。少し関西っぽいかな。」

確かに昨日も今日も困ることはなかった。〜っちゃ、は漫画でみたことがある。

「ここが研修医室ね。先生、頼めるかな。」

「研修医1年目の畑野です。よろしくね。」

給料のこと、当直のこと、進路のこと、観光のこと、もっともっと聞いた。

他の研修医の先生もやってきた。研修医室の電子カルテで色々な作業をしている。口コミ通り『ややハイポ』くらいなのだろう。

なんだか皆楽しそう。直感的にそう思った。

「そうだ、実は今夜当番なんだ。見ていくかい?もちろん好きな時に帰ってもいいよ。」

もちろんYES。

実際に働いている姿を見てみたい。 将来の自分の姿なのかもしれないのだから。


「お大事になさってください。」

17時。当直帯の時間になり、救急外来へ向かった。

「学生さん?未来の佐渡の医療をよろしくね。」

看護師の佐和田さんだ。病院だけじゃなく佐渡が全体的に外部の人ウェルカムな雰囲気を感じる。

「畑野先生、早速だけど15分後に救急車くるよ。◯歳男性、突然の〜」

「では到着したら直ぐに心電図を取って下さい。点滴は乳酸リンゲルで、採血も一緒にしましょう。上級医の相川先生にも一報いれておきますね。」

畑野先生がテキパキと指示を出している。…あれ、畑野先生って4ヶ月目じゃ?

そうこうしている内に救急車が来た。

「わかりますか?病院着きましたよ。」

その後も畑野先生がスムーズに診察と検査を進めている。

「相川先生、循環器内科の先生を呼びましょう。」

「そうだね。僕が電話しておくから、カルテをまとめておいて。」

カルテをまとめる畑野先生の背中が大きく見えた。すぐに到着した循環器内科の先生へ引き継ぎをしている。

「心臓が専門の先生にお願いしましたからね。お大事になさってください。」

すごい。研修は実習の延長なんかじゃない。もはや一人の医師なんだ。

私もこうなれるのだろうか…

「初めは何もわからなかったよ。ベソだってかいた。国家試験に受かっても何もできなくてとっても悔しかった。でも、上級医の先生や2年目の先輩、看護師さんたちに支えられて、段々とできるようになったんだ。まだまだ学ぶことはいっぱいあるよ。」

救急外来からの帰り道、満点の星空の下

ここで研修したい。そう思った。